金剛型3番艦として竣工。二度の大規模改装を経て
速力30ノットの高速戦艦へと変貌を遂げた。
着る、戦術。
VESSEL RECORD
戦艦榛名は、金剛型戦艦の3番艦として1915年に竣工した。川崎造船所(神戸)で建造されたこの艦は、英国ヴィッカース社の設計を基にしながら、その後二度にわたる大規模改装によって装甲を増強し、速力30ノットを誇る高速戦艦へと変貌を遂げた。空母機動部隊に随伴できる唯一の戦艦として、その戦略的価値は太平洋戦争全期間を通じて揺るぎなかった。
1942年10月、金剛・榛名の2艦はガダルカナル島ヘンダーソン飛行場への艦砲射撃を敢行した。36cm主砲弾918発を叩き込み、飛行場の機能を一時的に麻痺させたこの作戦は、戦艦による飛行場砲撃という前例のない試みだった。夜間、高速で接近し、砲撃後に離脱する——その任務は榛名の速力と乗員の錬度があって初めて成立した。
マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦と太平洋戦争最大規模の海戦に相次いで参加した榛名は、同型艦の金剛・比叡・霧島が次々と喪われる中にあって、奇跡的な生存を続けた。速力と艦長の判断と乗員の技量——その三つが揃った時、艦は生き残る。
戦艦でありながら、空母機動部隊に随伴できた。その速度こそが、榛名の存在意義だった。生き残ることにも、美学がある。
— NECOKOUCAN — DESIGN NOTE燃料枯渇により呉軍港に繋留されていた榛名は、1945年7月28日の米軍大規模空襲を受け、浅瀬に着底して沈没した。太平洋戦争を生き延びた最後の金剛型として、30年の艦歴、すべての海戦を戦い抜いた榛名の最期は、静かな港の底だった。
最大速力
ガ島砲撃・主砲弾数
竣工
DESIGN INTENT
このデザインが捉えようとしたのは、榛名が持つ「生き残った艦の孤独と矜持」だ。金剛・比叡・霧島が次々と喪われていく中、榛名だけが太平洋戦争のほぼ全期間を戦い抜いた。その理由は単純ではなく、速力、艦長の判断、乗員の錬度、そして確かな幸運の複合だった。
36cm主砲の鋭角、二度の大規模改装を経て生まれた独自のシルエット——それらの線を服の上に落とし込んだとき、着る者は一種の静かな凄みを身に纏う。撃沈されなかった艦が持つ矜持と、最後に港の底に沈んだ静けさ——NECOKOUCANの榛名デザインは、その両方を背中に宿す。
COORDINATE
榛名は、海の灰色の中に消えるために塗られた艦だ。軍艦色という名の迷彩——それは太平洋の水平線と溶け合うために選ばれた色だ。この服を着るとき、同じ問いが生まれる——あなたは、どの海に立つか。3色を提案する。
PHOTO 01
- IJN軍艦色(ハルグレー)に最も近い戦術色
- 水平線に溶け込む灰——プリントのシルエットが最大限に際立つ
- 全天候型。太平洋の嵐の色を纏う最も誠実な選択
→ 軍艦色は生存のための色だ。見えないことが強さになる海で選ばれた灰。この一枚を選ぶとき、あなたは水平線の向こう側に立つ。
PHOTO 02
- 1945年7月28日——呉軍港の夜の色
- プリントの36cm主砲シルエットが最大限に際立つ
- 金ゴールドのNECOKOUCANロゴとの対比が最も鮮明
→ 燃料を使い果たし港に繋留された榛名が最後に見た夜の色。着る者の輪郭を締め、艦の意志だけを前面に出す、最も強い一枚。
PHOTO 03
- 大日本帝国海軍の制服色——深海の紺
- ガダルカナルの夜間砲撃時、洋上に広がる深青
- ガンメタルとブラックの間。最も「海軍らしい」色
→ 帝国海軍の軍服が纏った深い紺は、命令と信念の色だ。ネイビーを選ぶとき、あなたは榛名が出撃した夜の海峡に立つ。