戦艦 — BATTLESHIP
BB MUSASHI
戦艦 武蔵 / 1942 — 1944
TYPE
戦艦
OPERATOR
大日本帝国海軍
LENGTH
263 m
SUNK
1944年10月24日
VESSEL RECORD
武蔵は大和型戦艦の2番艦として、三菱長崎造船所で建造された。同型の大和が広島県呉で生まれたのに対し、武蔵は九州・長崎の地で誕生した。姉妹艦でありながら、その最期は対照的だった——大和が特攻作戦で沖縄近海に散ったのに対し、武蔵はレイテ沖海戦において米軍機の集中攻撃を受けてシブヤン海に沈んだ。
1944年10月24日、武蔵は合計19本の魚雷と17発の爆弾を受けたとも記録されている。それでも武蔵は数時間にわたって浮き続けた——これは大和型の装甲の厚さと水密区画の堅牢さを証明するものだった。しかし最終的に武蔵は左舷に傾き、艦首から海中に没した。乗員1,023名が戦死した。
武蔵の沈没位置は長らく謎とされてきたが、2015年3月、マイクロソフト共同創業者ポール・アレンの調査チームがフィリピン海域の水深約1,000メートルに武蔵の残骸を発見した。70年の眠りから「発見」されたこの巨艦は、世界中の人々の記憶に刻まれることとなった。
19本の魚雷と17発の爆弾。それだけの攻撃を受けてもなお数時間浮き続けた武蔵は、沈む時でさえ最強の戦艦であることを証明した。
— NECOKOUCAN — VESSEL RECORD
19
本
被雷数(推定)
1,023
名
戦死者数
1,000
m
発見時の水深
DESIGN INTENT
大和と同型でありながら、武蔵のグラフィックには長崎生まれの異質な重さを込めた。三菱の溶接ビードが刻む細かな線、シブヤン海の深い青への沈降——同じ艦型でも、運命の違いがデザインの空気感を変える。
スズリでの展開を選んだのは、武蔵が纏う「もう一つの大和」という二次的存在感を、異なるプラットフォームで表現したかったからだ。武蔵を着る者は、歴史の中の「もう一方の最強」を知る者だ。
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