HARUNA戦艦 榛名
高速戦艦の雄。その栄光と終焉を、身にまとう。
HIGH-SPEED
WARSHIP.
金剛型戦艦3番艦として1915年に竣工。第一次世界大戦後の改装で「高速戦艦」へと進化した榛名は、太平洋戦争のあらゆる戦場に出撃し、最後まで戦い続けた。
BORN FOR SPEED
川崎造船所(神戸)にて建造。金剛型は英国ヴィッカース社の設計を基にした巡洋戦艦として生まれたが、その後の大規模改装により装甲を強化、速力30ノットを誇る高速戦艦へと変貌を遂げた。機動部隊に随伴できる唯一の戦艦として、その価値は戦争を通じて揺るぎなかった。
GUADALCANAL SHELLING
金剛・榛名の2艦は、ガダルカナル島ヘンダーソン飛行場への艦砲射撃を敢行。36cm主砲弾918発を叩き込み、飛行場の機能を一時的に麻痺させた。戦艦による飛行場砲撃という前例のない作戦は、榛名の高速性があって初めて成立した任務だった。
“戦艦でありながら、空母機動部隊に随伴できた。
その速度こそが、榛名の存在意義だった。”
THE GREAT SEA BATTLES
マリアナ沖海戦、レイテ沖海戦と、太平洋戦争最大規模の海戦に相次いで参加。制海権をめぐる激闘の中、榛名は生き残り続けた。同型艦の金剛・比叡・霧島が相次いで喪われる中、榛名はその速力と幸運によって奇跡的に生存した。
KURE — FINAL ANCHORAGE
燃料枯渇により呉軍港に繋留されていた榛名は、1945年7月28日の米軍大規模空襲を受け、浅瀬に着底して沈没。太平洋戦争を生き延びた最後の金剛型として、その生涯を閉じた。30年の艦歴、すべての海戦を戦い抜いた榛名の最期は、静かな港の底だった。
榛名を選んだのは、「生き残った艦」だからです。
金剛・比叡・霧島が次々と喪われていく中、榛名だけが太平洋戦争のほぼ全期間を戦い抜いた。その理由は単純ではなく、速力、艦長の判断、乗員の練度、そして確かな幸運の複合でした。
生き残ることにも、美学がある。
撃沈されなかった艦が持つ孤独と、最後に港の底に沈んだ静けさ——NECOKOUCANの榛名デザインは、その両方を着る人の背中に宿します。
WEAR THE
HARUNA.
— ストリートで、榛名の美学を纏う。
MODEL PHOTO
COORDINATE 01
MODEL PHOTO
COORDINATE 02
MODEL PHOTO
COORDINATE 03
※ コーデ写真は順次追加予定です。榛名デザインはモノクロームベースのコーディネートと相性が抜群です。
デザインの重量感を活かすため、ボトムスはシンプルに。Tシャツを主役にした着こなしをおすすめします。
THIS IS
HARUNA.— 榛名を、着る。
太平洋戦争を生き抜いた高速戦艦・榛名。
その艦影と戦歴を、NECOKOUCANがオリジナルデザインとして昇華。
着ることは、その美学への敬意だ。