戦艦 — BATTLESHIP
BB NAGATO
戦艦 長門 / 1920 — 1946
TYPE
戦艦
OPERATOR
大日本帝国海軍
LENGTH
215.8 m
ERA
1920-1946
VESSEL RECORD
戦艦長門は、1920年の竣工から1946年まで26年間という長大な時間を生き抜いた戦艦だ。大和・武蔵に先立つこと20年、長門はその建造時において世界最大・最強の戦艦であった。41センチ砲を連装四基八門装備し、当時世界でわずか数隻しかない「世界のビッグセブン」——最強戦艦七隻の一隻に数えられた。
長門は日本海軍の象徴として、国民から特別な親しみを持って迎えられた。連合艦隊旗艦を務めた時期もあり、山本五十六長官が真珠湾攻撃の命令を発したのもこの艦の艦橋からであった。戦場において致命的な損傷を受けることなく終戦を迎えた長門は、残存した数少ない日本海軍の主力艦として連合軍に接収された。
しかし長門の最期は、他の戦艦とは全く異なる運命が待っていた。1946年7月、米国がビキニ環礁で実施した核実験「クロスロード作戦」の標的艦に選ばれたのだ。二度の核爆発に耐えた長門は、3度目の爆発から4日後に静かに横転沈没した。今もビキニ環礁の水底に眠る長門は、核の時代の幕開けを最後の任務として担った。
世界最強と謳われた艦が、核の時代に標的として選ばれた。長門の沈没は戦艦の時代の終わりではなく、人類の新しい恐怖の始まりだった。
— NECOKOUCAN — VESSEL RECORD
41
cm
主砲口径
26
年
現役期間
35
m
ビキニ環礁での水深
DESIGN INTENT
長門のグラフィックが持つのは、時代を超えた重層性だ。大正時代の最強から、昭和の旗艦、そして核の時代の標的へ——一隻の艦が辿った26年の変遷を、シルエットの重なりとして表現した。
ビキニ環礁で核爆発を経験した長門は、日本と核の因縁というもっとも深い歴史的テーマを体現している。着る者がその背景を知る時、このTシャツは単なるグラフィックを超えた意味を持つ。
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