駆逐艦山風の艤装・諸元・戦歴解説とファッションアイテム&グッズラインナップ

白露型駆逐艦「山風」の歴史と活躍

誕生

白露型駆逐艦「山風(やまかぜ)」は、大日本帝国海軍が昭和初期に建造した駆逐艦の一隻です。白露型は特型駆逐艦の設計を引き継ぎつつ、戦術性能や航行性能を向上させた艦級であり、山風はその3番艦として1935年に竣工しました。艦名は、日本の自然現象である”山から吹き降ろす風”を意味しています。

性能の諸元

基本情報

項目内容
建造所浦賀船渠
運用者大日本帝国海軍
艦種駆逐艦
級名白露型駆逐艦

艦歴

項目内容
発注②計画
起工1935年5月25日
進水1936年2月21日
就役1937年6月30日
最期1942年6月25日戦没(日本側認定6月23日附)
除籍1942年8月20日

要目(計画時)

項目内容
基準排水量1,685トン
全長111m
最大幅9.9m
吃水3.5m
主缶ロ号艦本式缶3基
主機艦本式オール・ギアードタービン2基2軸
出力42,000hp
速力34ノット
航続距離18ktで4,000浬
乗員226名
兵装50口径12.7cm連装砲 2基4門, 50口径12.7cm単装砲 1基1門
13mm連装機銃 2基, 61cm4連装魚雷発射管 2基8門 (魚雷16本)
爆雷投射機2基, 爆雷×16

兵装

山風は当時の最新鋭装備を搭載し、攻撃力と防御力のバランスが取れていました。

  • 主砲
    • 12.7cm連装砲(C型)を2基4門搭載。
    • 射程や射速に優れ、中口径砲として優秀でした。
  • 魚雷
    • 61cm四連装魚雷発射管を2基装備。
    • 酸素魚雷を運用可能であり、威力と射程で敵艦に圧力をかける主力兵装でした。
  • 対空兵装
    • 25mm機銃を数門搭載。
    • 対空戦力としては限界があり、航空機の脅威には苦戦を強いられることもありました。
  • 爆雷
    • 爆雷投射器と爆雷投下軌条を装備し、対潜水艦作戦にも対応。

主な海戦と役割

山風は太平洋戦争の勃発から間もなく、多くの海戦や護衛任務に従事しました。

  1. 南方作戦(1941年–1942年): 山風はマレー作戦やフィリピン攻略作戦の一環として、パラオでの集結後、特にレガスピー上陸作戦に参加し、輸送船団の護衛を担当しました。
  2. タラカン攻略作戦
    • 山風はタラカン攻略に成功し、その後敷設された機雷の掃海活動を行いました。
    • 砲撃を受けた掃海艇を支援する中、蘭機雷敷設艦「プリンス・ファン・オラニエ」を発見し、第38号哨戒艇と共に攻撃して撃沈。この戦闘は太平洋戦争初の洋上砲撃戦とも言われています。
  3. バリクパパン攻略作戦
    • 山風は足柄や涼風と共に護衛任務に従事しており、バリクパパン沖海戦には直接関与しませんでした。
  4. マカッサル攻略作戦
    • 山風はセレベス島スターリング湾に到着し、哨戒活動を行いました。
    • 1942年2月11日、山風は浮上航行中の米ポーパス級潜水艦「シャーク」を砲撃で撃沈しました。
  5. スラバヤ沖海戦
    • 1942年2月末、山風はジャワ島攻略のための作戦に参加し、ABDA連合軍との戦闘で英E級駆逐艦「エンカウンター」を撃沈する戦果を挙げました。

最期

山風は1942年6月、ミッドウェー海戦後の補給任務で油槽艦を護衛中に米潜水艦「ノーチラス」の雷撃を受けて轟沈しました。戦後、その沈没は潜望鏡で撮影された写真から確認され、最期の姿が記録されています。

結論

白露型駆逐艦「山風」は、短期間ながらも激しい戦いの中で多くの功績を残しました。その設計と兵装は当時の技術水準を反映しており、近代駆逐艦の先駆けとなる存在でした。一方で、航空機や潜水艦に対する防御の脆弱さは、太平洋戦争を通じて多くの日本駆逐艦が直面した課題でもありました。

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